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    • 2013.06.21 Friday
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    青い流れ星

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       6月14日(月曜日)、、、くもり

       返事が遅くなりました。
       先週、メール頂いていたのに!!!

       
      2サイクルエンジンは環境のために減りました。
       そこで、最後に2サイクルエンジンのバイクに
       乗りたくて中古でTZRー250を買ったから
       RZ−350を復活させて一緒に乗らないか。


       というような
       内容のメールが広島に住んでる同級生、T君からありました。

       こんな写真付きで…


               


       懐かしい…です。
       
       私も若い頃はバイクに熱中してて、KH−250から
       ナナハンキラーのRZ−350(サンパン)を改造して
       レーサーを夢見ていた頃
       岡山の中山サーキットに持ち込んでレースに出場したり、
       南阿波サンラインでは負けたことがなかったような…

       タイヤはピレリのMT−28とMT−29を履かせて
       ハングオンのフルバンク写真は
       オートバイ誌の『俺サ』にも掲載されたりしましたが
       1000キロで磨り減るタイヤのお陰でいつも貧乏でした。
       とにかく
       少年ジャンプの『青い流れ星』になりきってたような
       記憶がありますけど…『青い流れ星』ってご存知???
       
       あれから25年
       車庫に眠り続けるRZ−350の写真を撮りました。


        



              



            


       メーターは11629キロで止まってます。
       果たしてこの先
       RZのメーターが距離を刻むのかは微妙ですが
       チャンバーからの、あの乾いた音…懐かしいですね。


       

      200回目のブログ

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         あれからもう1年もなるんだなァー!

         一人で去年の今頃を思い出してます。。。



         
         そうだった、、、そうだった!!!



         
         ちょうど去年の今頃、『ケイウッドのホームページ』作りで

         デジカメで写真を撮ったり、いっぱいの原稿を書いたりして

         いろんな意味で勉強になったというか、、、




         でも、、、




         日々の仕事をこなしながらでしたからね〜、、、

         すご〜く忙しかったような記憶があります。。。




         
         もちろん一人でホームページを作れる才能なんて

         持ち合わせてないですから、、、

         WEBデザイン・製作でとても優秀な『中尾弘美さん』に

         お願いしての事でした。。。

         
         www.sunnyday-labo.com


         

         
         そして、お蔭様で、、、




         
         記念すべき’06年2月吉日に『ケイウッドのホームページ』が

         WEB上にデビューできた次第です。。。





         
         そして、そして、、、




         
         今回でちょうど≪200回目のブログ≫になるんです。。。


         

         去年の今頃を思い出しながら200回目のブログを

         書いてるなんて一年前には想像もできなかったこと…!




         やはり、、、




         少しづつでも前進あるのみですね。。。




         というか、、、

         



         今年はイノシシ年だけに、、、

         猪突猛進でもかまわないですね…!




        阿波っ子の阿波踊り

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           徳島のお盆と言えば、阿波踊り一色です。

           今年も、徳島市内は12〜15日の日程です。

           
           徳島市内の空き地では、鳴り物に合わせて

           踊り子たちが本番に向けての仕上げ練習に

           汗をかいていた事でしょう!


           私も20歳位から10年位、平和連という

           徳島市内の有名連で踊ってたことがあります・・・!

           
           その頃は5月から練習を始めて、本番真近ともなると

           若さも手伝ってか、すごい気合が入ってたような気がします。

           
           身体が疲れていても、四日間踊っただけでは飽き足らず

           『毎日踊ろう阿波踊り』や『お祭り』にも参加したり、
           
           
           『東京の高円寺で踊りたい』という切なる希望がかない

           平和連全体でバス数台を仕立て、遠征に行ったことなどが

           今となっては懐かしいー思い出!
           
           

           
           何というか、、、


           
           阿波っ子にとって阿波踊りは特別なもののようで、

           こればかりは踊ってみないと、あの爽快感は絶対に

           理解しにくいでしょうね・・・!


           
           やっぱり、、、見る阿呆より、、、


           踊る阿呆でなくちゃ、、、絶対損ですね!



           

           今でもですね〜〜!

           鳴り物の音が聞こえてくると、手足が自然と動き出そう

           とするから不思議なんです、、、。


           
           もう何か、『身体に染み着いてる』って感じですかね!



          18年前の手帳

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             久しぶりに机の中の整理をしていたら、

             懐かしいものを見つけた。

             18年前の手帳だった。

             当時私は25歳、まだ独身の青二才だったが

             父親の死後、必死で木の勉強・仕入れ・商品開発に

             取り組んでいた頃だった。


             その手帳には、毎月の目標と反省が走り書きの字

             であるものの、リアルに記載されていた。

               


             1988.7.JULY
             
            今月も材が全国的に減少ぎみで、どこの市場でも見当たらない。
             しかも、虫食い(虫穴)に注意しなくてはならないので、
             仕入れは困難を極める。当初から忍耐月と予想していたが、
             良材2番玉は無い物高で頭の痛いところである。
             しかし、焼板・カラー杉の売れ行きは絶好調で、原板の確保
             従業員の確保が最優先課題である。
             


             当時の記憶は微かに残っていたものの、18年ぶりに読み返すと

             タイムスリップしたように、記憶が鮮烈に蘇えってきた。


             その頃、住宅建設も堅調だったせいもあり、

             『飛ぶ鳥を落とす勢い』と言うか、不安材料など

             見当らなかったように記憶している。


             現在と比較すると・・・どうだろう!

             手帳に書く変わりに、こうしてブログを更新すると

             いう意味では、それほど変わらないものの

             売れ行きが絶好調なんて、今は悔しいけど書けませんねー!


             しかし、18年前の手帳というか、その頃ガムシャラだった自分が

             懐かしいのは当然の事なのですが、

             何故かこの手帳には、やる気が詰まってるような気がしてきて、

             大事に保管することに決めました。

             
             

             

             

            阿波弁のサ行

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               名古屋弁のことを書いたら、阿波弁のことも

               書きたくなってきた。

               名古屋での4年間で、私はどれだけ阿波弁のサ行

               苦労したことか・・・!


               徳島の人なら当たり前の阿波弁なんですが、

               県外に行くと、滑稽に聞こえるものなんでしょうか!

               特に、阿波弁のサ行は恰好の的にされたのである。


               例えば、私が喋ると、

               
               (全然)ぜんぜん のことを 『じェんじェん』

               (先生)せんせい のことを 『せェんしェい』
               

               
               と聞こえると、名古屋の友人が言うのだ!


               ・・・・クソー、名古屋人めー、阿波弁をバカにしおって!
               今にみておれ!!じぇったいにウツシテヤルけんな!・・・・・・・・・・・・

               
               
               確かにそう言われてみると、

               天気予報で一番最初に有名になった『福井敏男』さんも

               寒冷前線のことを 『寒冷ぜェんしェん』と発音していた!



               徳島県でも、特に南部地域でサ行に苦労している

               人が多いようなのですが、、、
               
               そうそう、

               福井敏男さんも徳島県南部の日和佐町出身でしたよね・・・!


               福井敏男さんの偉いところは、

               全国放送の天気予報をものともせず、恥ずかしがらずに

               阿波弁のサ行で真面目に天気予報を解説し、その結果

               阿波弁のサ行をお茶の間の人気者にしてしまったんですから、、、
               
               これは、すごい事ですよ・・・!



               阿波弁のサ行でお困りの方・・・!

               福井敏男さんを見習えば、

               じェんじェん恥ずかしくないですよ!


               
               それにしても、福井敏男さんの天気予報が

               今となっては、懐かしいかぎりです!

               

               

               


              名古屋弁の思いで

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                 昨日のことです。
                 
                 『今、御社のホームページを見ながら電話してるんです。』
                 
                 という名古屋の設計事務所さんからの問い合わせがあった。

                 少し名古屋弁なまりでしたが、私にはすっごく懐かしく感じた!!

                 
                 と言うのも、

                 私は学生時代、名古屋で4年間お世話になっていたからなんです。

                 ですから、今でも名古屋には好印象をもっています。


                 学生生活の当初は名古屋弁に馴染めずに困っていたことも・・・!

                 天白区の喫茶店でアルバイトをしていた時の事だった。

                 お客さんから

                 
                 『ちょっとョー、ミャ―ルドセブンとヒャーザラちょ!』

                 
                 と言われた。


                 ハァッ!! ・・・私は完全意味不明!!


                 
                 『あの―、すいません。もう一度お願いします。』

                 

                 『だからョー、ミャールドセブンとヒャーザラちょ。
                 と言っとるんだわ。 オミャーサンョ、何べん言わ 
                 せる気だー。』



                 そう言って、新聞を見ながら右手の人差し指でたばこの自販機を指差した。




                ・・・これが名古屋の人の言葉なのか!・・・・・・・・・・・


                 

                 その時、驚くべき名古屋弁に初めて遭遇した瞬間だった。
                 
                 

                 しかし、

                 最初からマイルドセブンと灰皿下さいって

                 普通に言ってくれればいいのに!・・・その時はそう思った。

                 

                 その後の学生生活で私もバリバリの名古屋弁を

                 熟知したのは言うまでもない事なのだが・・・!


                 

                 名古屋弁の設計事務所さんのお問い合わせがきっかけで、

                 懐かしい事を思い出してしまったけど、

                 いろんな意味で、名古屋での4年間は楽しかった!

                 今の名古屋弁はどうなっているんだろうか!

                 暇を作って『名古屋弁の本場』に足を運びたいものです。

                 


                 







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